香港の街を歩くと、高層ビルの建設現場を網目のように覆う、驚くべき光景に出くわします。それは、鉄骨ではなく竹で組まれた足場です。現代において、なぜ香港はあえてこの伝統的な建築技術「竹足場(竹柵:ジョンパン)」を選び続けているのでしょうか?
この記事では、香港の竹足場が選ばれる経済的、技術的、そして文化的な理由を徹底的に解説します。
香港の竹足場とは?

香港の竹足場は、高層ビルから住宅の改修まで、あらゆる建設現場で見られる独特の足場工法です。50階を超える超高層ビルですら、竹を巧みに組み上げて建設が進められる様子は、香港の名物の一つとなっています。その外観は、まるで自然素材の巨大な芸術作品のようであり、都市の風景に独特のテクスチャーを与えています。
歴史と文化的背景
竹足場は、香港で何世紀にもわたって受け継がれてきた伝統的な建築技術です。鉄が一般化する以前から、竹はアジア全域で利用されてきましたが、香港ではその耐久性と柔軟性から、急速な都市開発においても不可欠な存在として残り続けました。
特に香港のような土地が限られ、建築が密集している地域では、現場での加工が容易で、狭い場所でも対応できる竹の利点が最大限に活かされてきました。これは単なる工法ではなく、熟練した職人技が光る生きた伝統であり、香港のアイデンティティの一部となっています。
竹足場の構造と組み方
竹足場は、主に長い竹材を紐で縛り付けて構成されます。使用される竹は、高い強度を持つマオソウチク(孟宗竹)やマダケ(真竹)が主で、直径や長さによって用途が厳密に分けられます。
この紐で縛る作業は「結束(けっそく)」と呼ばれ、ナイロン製の紐や伝統的な麻ひもを用いて、特定の結び方で竹同士を強固に固定します。職人の確かな技術によって、その結び目は滑ることなく、足場全体に荷重を均等に分散させる役割を果たします。
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竹柵(ジョンパン): 香港における竹足場の一般的な呼び名です。この言葉自体が、竹の足場が香港の建設文化に深く根付いていることを示しています。
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結束技術: 複雑な結び方を用いて竹同士を固定します。この結び方が、足場全体の柔軟性と強度を生み出し、特に強風時の振動吸収に優れています。
技術的利点と強度について
竹は天然素材でありながら、非常に高い引張強度と圧縮強度を持っています。例えば、竹の引張強度はスチール(鋼材)に匹敵するとも言われています。さらに、竹足場には鉄にはない重要な技術的利点があります。
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柔軟性: 強風や衝撃を受けた際に、鉄のように折れ曲がったりせず、しなることで力を吸収する柔軟性があります。これは、台風が頻繁に襲来する香港において、非常に重要な安全機能です。
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軽量性: 鉄パイプに比べて格段に軽いため、建物への負担が少なく、輸送や組み立て、解体が容易です。また、作業員が竹材を人力で高い場所に持ち上げられるため、クレーンなどの重機への依存度を減らすことができます。この軽量性は、工期の短縮にも直結します。
香港で竹足場が選ばれる理由
竹足場が現代の香港で選ばれ続けるのには、コストや気候、そして人に関する明確な理由があります。
経済的な利点:コストと資源の効率
竹足場が選ばれる最大の理由は、経済的な優位性です。
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圧倒的な低コスト: 同じ長さの鉄パイプと比較して、竹材の価格は5分の1以下と非常に安価です。竹は主に中国本土から大量に輸入されており、安定した供給源と低価格が維持されています。
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輸送・組み立てコストの削減: 軽量であるため、運搬が容易で、トラックへの積載量も多くなります。また、組み立てや解体にかかる時間と人件費も鉄足場に比べて削減でき、トータルでの建設コストを大きく抑えることが可能です。竹は現場でノコギリ一本で長さを調整できるため、作業の自由度も高いです。
職人の技能と伝統技術の継承
竹足場の安全性を担保しているのは、熟練した職人の技能と、それを支える公的な制度です。
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専門職人の育成: 竹柵を組む職人(竹柵職人)になるためには、国が定める一定のコースを履修する必要があり、専門の職業訓練校が存在します。この訓練では、適切な結び方、足場の設計、安全基準などが徹底的に教え込まれます。
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人気の職業: 熟練の竹柵職人は、その高度な技術と危険を伴う作業から、一般の建築作業員よりも賃金が高く、香港では人気の高い専門職の一つとなっています。この専門技術と職業的な地位が、伝統工法の継承を力強く後押ししています。
高温多湿な気候への適応
香港の気候は高温多湿です。この環境も竹足場に有利に働きます。
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防錆性: 鉄パイプは湿気で錆びやすく、メンテナンスや交換のコストがかさみます。一方、竹は湿気を帯びることで繊維が引き締まり、より強固になるという天然の特性を持っています。
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耐久性: この気候適応力は、長期間にわたる建設作業において、足場の品質と安全性を維持する上で大きな理由となっています。
竹足場の魅力と利点
持続可能性と環境への影響
現代社会において、建築資材の持続可能性は重要なテーマです。
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再生可能な資源: 竹は、木材よりもはるかに成長が早く(数年で利用可能)、伐採後も地下茎から再生するため、持続可能性という点で非常に優れています。鉄やプラスチックと比べて、資源採掘や精錬に伴うエネルギー消費や環境負荷が低いと評価されています。
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廃棄物の削減: 使用済みの竹は、乾燥させて燃やしたり、再利用したりすることが可能で、産業廃棄物としての処理コストが比較的低く抑えられます。
工事現場での利用例と成功事例
竹足場は、その柔軟性と設置の容易さから、複雑な形状の建物や狭い場所でも自由自在に組むことができます。鉄足場では困難な、湾曲したファサードや狭い路地に面したビルでも、現場で竹をカットし、手作業で組み上げることで、完璧に対応できます。これは、都市部の密集した建設現場において、大きな利点となります。超高層ビルの建設においても、その安定性は長年の実績により実証済みです。
香港の名物としての位置づけ
竹足場は、機能的な建築資材であると同時に、香港のスカイラインを構成するユニークな要素として、観光客にも広く知られています。ビルの壁面を覆う自然素材の網目模様は、世界的な金融都市である香港の「伝統と現代が交差する」姿を象徴する、文化的なランドマークの一つと言えるでしょう。
竹足場と金属足場の比較
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要素 |
竹足場(竹柵) |
金属足場(鉄パイプ) |
|---|---|---|
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初期コスト |
非常に安価(鉄の1/5以下) |
高価 |
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重量 |
軽量(人力での運搬・設置が可能) |
重い(重機が必要な場合が多い) |
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作業の容易さ |
非常に容易(運搬・組立・解体、現場での調整が簡単) |
比較的困難(規格部品の組み合わせ、現場での調整に限界) |
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気候耐性 |
高温多湿で強度が増す(湿気への適応性が高い) |
錆びやすい(メンテナンスが必要) |
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強度・安全性 |
職人の熟練した技能と経験に依存 |
規格化された強度で均質(安定した品質) |
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持続可能性 |
高い(再生可能資源) |
低い(資源採掘が必要) |
高層ビル建設における選択肢
金属足場は、厳格な規格と均質な強度により、高度な安全性基準を満たし、大規模な国際的なプロジェクトで多く採用されています。しかし、香港では竹足場がその高い経済性、現場での柔軟な対応力、そして熟練技術により、高層ビル建設の現場においても依然として有力な選択肢となっています。最終的な選択は、コスト、工期、建物の形状、そしてプロジェクトの特性によって決まります。
竹足場の未来と展望
職人技能の継承が鍵
竹足場の存続は、伝統技術を受け継ぐ職人の育成にかかっています。高度な技術を要する竹柵職人の専門性を維持し、若手を育成するための訓練制度の充実は、この伝統工法を未来に伝える上で極めて重要です。現代技術(例えば、ドローンやAIを活用した安全点検)と共存しつつ、この優れた技術をいかに次世代に伝えていくかが、今後の大きな課題となります。
海外からの注目と導入事例の可能性
竹足場が持つ「低コスト」「持続可能性」「軽量性」といった特性は、開発途上国や、環境負荷の低減を目指す先進国からも注目を集めています。特に、自然災害の多い地域では、軽量で迅速に組み立て・解体できる竹足場のノウハウが、災害復旧や仮設建築に応用される可能性があります。
まとめ
香港の竹足場は、単に「鉄がないから」や「地震がないから」という理由で選ばれているわけではありません。
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経済性(低コスト、高効率)
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気候適応性(湿気で強くなる)
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職人の卓越した技能
これらの合理的な理由が組み合わさることで、現代においても世界有数の大都市で、竹という天然素材が最前線の建設技術として活用され続けているのです。竹足場は、香港の効率性と実用性を体現し、伝統と革新が融合した姿こそ、香港の最大の魅力と言えるでしょう。

