大相撲2026年1月場所、新大関の安青錦が12勝3敗で優勝を果たしました。先場所の新関脇での優勝に続き、これで「2場所連続優勝」という歴史的快挙です。
ファンの間では「なぜ即横綱昇進にならないのか?」「2場所連続優勝は横綱の条件ではないのか?」という疑問の声が多く上がっています。この記事では、安青錦の現状と、過去に連続優勝しながら昇進を逃した事例、それから横綱昇進の本当の基準について詳しく解説します。
安青錦は2025年11月場所に続き、2026年1月場所でも賜杯を手にしました。通算2回の幕内優勝、それも「連続」という成績だけを見れば、本来であれば横綱昇進の使者が差し向けられても不思議ではない数字です。しかし、今回「即昇進」が見送られた最大の理由は、その実績の半分が大関昇進前(関脇以下)のものであるという点にあります。
横綱審議委員会の内規には「大関の地位で2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績」という明確な前提条件が存在します。安青錦の場合、先場所の優勝はあくまで「関脇」としての実績。今場所が「大関」として初めての場所であったため、横審側は「大関としての責任を全うし、その地位にふさわしい安定感と相撲内容を継続できるか」を見極める必要があると判断しました。つまり、制度上は「大関としての連続優勝」にはまだ届いていないという解釈なのです。
新大関での2場所連続優勝という事実は、日本相撲界にとって震えるほどの衝撃です。これは昭和の「角聖」と謳われた伝説の横綱・双葉山以来、実に89年ぶりとなる空前絶後の快挙。この事実だけでも、安青錦がいかに既存の枠組みに収まらない、規格外の力士であるかが証明されています。
過去、多くの名大関たちがこの「新大関場所での優勝」という壁に跳ね返されてきました。新大関には、地位に伴う重圧、行事や付き合いの増加など、土俵外での負担も大きくのしかかります。それらを跳ね除けて賜杯を抱いた安青錦の地力は、すでに横綱級であることは疑いようもありません。しかし、現代の大相撲はかつてよりも「横綱の権威」を維持するために慎重な審議を重ねる傾向にあり、歴史的快挙であっても「一場所の猶予」を設けるという厳しい判断が下されました。
安青錦の昇進がここまで慎重に扱われる背景には、彼の出世スピードが過去のどの名横綱と比較しても異常なまでに早いという点があります。初土俵から幕内優勝、それから大関昇進、再度の優勝。この一連の流れがあまりに電光石火であったため、周囲の評価や「横綱としての風格」を醸成する時間が物理的に不足しているという側面は否定できません。
横綱は一度昇進すれば降格がなく、成績が振るわなければ「引退」あるのみという過酷な地位です。早急に昇進させて、もし上位陣の研究に捕まり失速してしまえば、将来有望な若武者を早期引退に追い込むリスクも孕んでいます。今回の「保留」という判断には、安青錦のキャリアを長い目で見守り、盤石の状態で最高位に就かせたいという、相撲協会や横審側の、ある種の「親心」や「保護」の意図も強く反映されていると考えられます。
「2場所連続優勝なら100%横綱になれる」と思われがちですが、長い相撲の歴史を紐解くと、圧倒的な成績を残しながらも最高位の門が閉ざされた例が存在します。昭和以降、実際に「大関で2場所(あるいはそれ以上)連続優勝」を果たしながら昇進が見送られたケースは2人。彼らのエピソードは、横綱という地位がいかに数字以上のものを求められるかを物語っています。
昭和初期の土俵を席巻した「ボロ錦」こと第32代横綱・玉錦。彼はまだ横綱審議委員会が設立される前の時代、大関として3場所連続優勝という、現代なら即刻昇進間違いなしの凄まじい実績を残しました。しかし、その時点で横綱の声はかかりませんでした。
当時の玉錦は土俵外での素行に問題があり、粗暴な振る舞いや品行が「横綱としての権威を汚す」と保守的な角界幹部から厳しく白眼視されていたのです。さらに、当時は「横綱不在」という異例の時代であり、最高位を空席にしてでも適任者を厳選するという風潮がありました。結局、玉錦はその後も勝ち続け、最終的には横綱に昇進しましたが、その昇進時の成績は「連続優勝」ではありませんでした。この事例は、横綱には「抜群の力量」だけでなく、それに相応しい「品格」が不可欠であることを示す象徴的な出来事として今も語り継がれています。
昭和20年代、戦後の相撲界を盛り上げた「名力士」千代の山(後の第41代横綱)も、非常に残酷な見送り劇を経験しています。彼は新大関に昇進した直後の場所、それからその翌場所と、2場所連続で優勝を果たしました。今の感覚で言えば、新大関での連続優勝は文句なしの昇進条件に思えます。
しかし、当時の日本相撲協会は「まだ若い」「時期尚早である」という理由で、彼の昇進を認めませんでした。これは現代の安青錦の状況にも似た、ある種の「早すぎる出世に対する慎重論」でした。期待の新星を急いで横綱にし、短命に終わらせたくないという判断があったとも言われています。千代の山はその後、一時的に11勝、8勝と成績を落としましたが、腐ることなく稽古に励み、改めて14勝(優勝)を挙げることで、周囲を納得させて昇進を勝ち取りました。
これらの歴史的事例が教えてくれるのは、横綱昇進の可否は「優勝回数」という統計的なデータだけで決まるものではないという点です。たとえ連続優勝という最高の結果を出したとしても、そこには常に「品格」「力量の安定性」「地位に対する習熟度」という多角的な評価が入り込みます。
安青錦の昇進見送りも、こうした「数字を超えた重み」を重視する角界の伝統に則ったものと言えます。2場所連続優勝という圧倒的な結果を出しながらも、「大関としての振る舞いをもっと見たい」「より盤石な信頼を得てから昇進させてやりたい」という判断が、歴史上の名力士たちの事例と重なって見えてきます。今回の見送りは、安青錦が玉錦や千代の山のような「真の偉大な横綱」へと至るための、必要なステップなのかもしれません。
「横綱」という地位は、大関までの階級とは異なり、単純な勝ち星の積み重ねだけで自動的に昇進できるものではありません。その決定プロセスは、日本相撲協会と「横綱審議委員会(以下、横審)」という二つの組織による、厳格な対話によって成り立っています。
まず、日本相撲協会の理事長が、特定の力士の成績を鑑みて「この力士を横綱にする価値があるか」を横審に諮問(しもん)します。横審とは、1950年に設立された外部有識者による諮問機関であり、作家、学者、実業家など、角界の外側から相撲を見守る賢者たちで構成されています。横審が土俵上の成績に加え、その力士の「品格」や「力量」を徹底的に議論し、委員の3分の2以上の賛成をもって「推薦(答辞)」を出した場合にのみ、理事長は初めて昇進を正式決定できるのです。つまり、協会が上げたがっても横審が首を縦に振らない、あるいはその逆という事態もあり得る、非常に強力なチェック体制となっています。
横審が推薦を出す際の指標として有名なのが「内規」です。ここには「大関の地位で2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績」を挙げた力士を推薦する、と記されています。多くのファンが誤解しやすいのは、これが「法的拘束力のある規則」ではなく、あくまで横審が議論を始めるための「目安」であるという点です。
ここで議論の焦点となるのが「それに準ずる成績」という極めて主観的な表現です。例えば、優勝こそ逃したものの、千秋楽まで優勝争いに加わり、14勝1敗という高スコアを残した場合などは、この「準ずる成績」として認められることが一般的です。しかし、この言葉の裏には「その場所の対戦相手が誰だったか」「勝ちっぷりに横綱らしい圧倒的な力があったか」という質的な評価も含まれています。安青錦のように「関脇優勝→大関優勝」というケースは、内規の文字通りに解釈すれば「大関で2場所」を満たしていないため、横審が慎重になるのは組織のルール運用としては筋が通っているのです。
過去、必ずしも「2場所連続優勝」という完璧な数字でなくても、横綱へ駆け上がった例は少なくありません。
近年の代表例としては、第73代横綱・照ノ富士が挙げられます。彼は大関復帰後、12勝3敗での「優勝」に続き、翌場所は14勝1敗で「優勝同点(惜しくも優勝を逃す)」という成績を残しました。この14勝というハイレベルな数字が「優勝に準ずる」と高く評価され、昇進へと繋がりました。また、第72代横綱・稀勢の里は、12勝3敗(準優勝)の翌場所に14勝1敗(優勝)を挙げて昇進しました。この時は、優勝が1回しかなかったものの、長年大関として安定した成績を残し続けてきた「実績の積み重ね」が、内規のハードルを実質的に引き下げたと言えます。
しかし、これらの例はいずれも「大関の地位」を長く、あるいは安定して務めた上での評価です。安青錦のように、あまりに早く「準ずる成績」に到達してしまった場合、過去の蓄積がない分、より厳格に「連続優勝」という完璧な形を求められるという、運用の難しさが浮き彫りになっています。
横綱という最高位には、土俵上の強さと同じくらい、あるいはそれ以上に「品格」という抽象的な美徳が求められます。これは「神の依代(よりしろ)」とも称される横綱が、単なる格闘技の勝者ではなく、日本の伝統文化を背負う象徴であるためです。具体的には、勝負が決まった際の見苦しい態度のなさ、敗者への礼節、私生活での規律、それから何より土俵上での「動じない心」が問われます。
安青錦に対して横審の委員やファンが抱いている期待は、その年齢不相応なまでの「落ち着き」にあります。新大関という重圧のかかる立場でありながら、インタビューでの受け答えは常に謙虚かつ誠実。負けた際にも言い訳をせず、淡々と次の取組に集中する姿は、まさに未来の横綱としての器を感じさせます。現状、彼の土俵外での言動に懸念を示す声はほとんどなく、品格面での資質は、多くの歴代横綱と比べても非常に高い水準にあると評価されています。
横綱昇進の議論において、白星の「数」以上に重視されるのが、その白星の「質」です。かつて、平幕や下位力士ばかりに勝って星を積み上げ、上位陣には負け越すという内容で昇進した力士は、横綱になった後に苦労するケースが多かったため、現代では「対三役(関脇・小結)・対大関」での戦績が厳しく精査されます。
今場所の安青錦の相撲内容を振り返ると、その評価は極めて高いと言えます。彼は優勝争いの渦中で、他の大関や勢いのある関脇・小結勢を真正面から圧倒し、土俵際の逆転に頼らない力強い相撲見せました。特に、終盤戦の直接対決での勝ちっぷりは、「力でねじ伏せる」という横綱相応の力量を証明するものでした。横審の委員からも「内容が伴っている」「上位を総なめにする実力は本物」とのコメントが出ており、技術とパワーの両面において、もはや大関の枠に収まりきらないレベルに達していることは衆目の一致するところです。
今回の2026年1月場所では昇進が見送られた形となりましたが、これにより次場所(3月の春場所)は、誰の目にも明らかな「綱取り場所」となりました。特筆すべきは、安青錦が今場所で手にした「2場所連続優勝」という実績が、次場所への強力な追い風(貯金)になるという点です。
次場所での昇進条件は、形式的な「内規」を超えた極めて高いハードルが設定されるでしょう。具体的には、3場所連続優勝を果たせば、文句なしに「平成・令和以降で最強の新横綱」としての誕生となります。仮に優勝を逃したとしても、13勝や14勝といったハイレベルな成績を残し、優勝争いの中心に居続けることができれば、「大関として2場所連続で抜群の成績を残した」と解釈され、昇進の可能性は極めて濃厚です。今回の見送りは、むしろ「次場所で完璧な形を見せてくれ」という、日本中のファンからの最大級の期待の裏返しでもあるのです。
相撲界において「大関」という地位は、単なる階級の一つではなく、一種の「最終試験場」としての意味合いを持っています。大関は「看板力士」として常に優勝争いに加わることが期待される一方で、2場所続けて負け越せば関脇へ陥落するという、「角番(かどばん)」制度を伴う非常に厳しい立場です。この「負けられない」という絶大なプレッシャーの中で、いかに自分自身の相撲を貫き、勝ち続けることができるか。これこそが、降格のない最高位「横綱」を任せるに足る責任感があるかどうかを測る、最大の試練となります。
安青錦にとって、今回の見送りは決してネガティブなものではありません。むしろ、この「大関の重圧」をもう一場所経験させることで、横綱に昇進した後に必要となる「孤独な闘い」に耐えうる精神力を養う期間が与えられたと言えます。次場所をその重責を証明する「最後の試練」として乗り越えた時、彼は本当の意味で品格と力量を兼ね備えた横綱になれるはずです。
安青錦が短期間でここまでの地位を築いた背景には、天性の才能だけでなく、極めて論理的で徹底した自己管理能力があります。まず技術面では、190cmを超える圧倒的な体格を誇りながら、重心が驚くほど低く、器用な足腰を兼ね備えている点が挙げられます。特に、相手の動きを冷静に見極めてから繰り出す「後の先(ごのせん)」の攻めや、守勢に回った際にも崩れない体幹の強さは、ベテラン力士をも凌駕する完成度を誇ります。
また、精神面での粘り強さも特筆すべき点です。彼はこれまで、大きな怪我や不調に陥った際にも、焦ることなく自らの相撲を見つめ直し、基礎稽古に立ち返る謙虚さを持ち合わせてきました。この「自分を客観視できる能力」こそが、彼の出世を支える最大の武器です。新大関として挑んだ今場所の優勝も、周囲の喧騒に惑わされず、一戦一戦を「いつもの稽古場」と同じ心持ちで闘い抜いた結果と言えるでしょう。こうした強固な精神的土台があるからこそ、ファンは彼に「令和の横綱」としての姿を重ね合わせるのです。
現在、相撲ファン、そしてネット上のコミュニティでは、安青錦の昇進見送りを巡って空前の議論が巻き起こっています。SNSでは「89年ぶりの快挙を成し遂げた男を上げないのは保守的すぎる」「強さはすでに横綱を凌いでいる」といった、即時の昇進を求める「横綱待望論」が多数を占めています。その一方で、長年の相撲通からは「ここで一場所待つことで、安青錦自身の寿命が延びる」「かつての千代の山のように、さらなる高みを見せてから上がるのが、真の権威に繋がる」といった、協会の慎重な判断を支持する声も上がっています。
口コミサイトやファン掲示板では、彼の一挙手一投足が分析され、次場所の勝敗予想だけでなく「どの四股名で横綱土俵入りをするのか」といった未来の姿までもが語られています。いずれにせよ、これほどまでに日本中を熱狂させ、議論を百出させる力士の登場は、近年稀に見る出来事です。安青錦が今の相撲界において、最大かつ唯一無二の希望の星であることは、もはや誰の目にも疑いようのない事実と言えるでしょう。
安青錦の2場所連続優勝は歴史的な偉業ですが、過去には玉錦や千代の山のように「連続優勝でも昇進できない」ケースがありました。横綱昇進は単なる数字だけでなく、地位の安定性や品格を含めた総合判断。次場所の安青錦がどのような相撲を見せ、真の「横綱」として認められるのか、日本中が注目しています。